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2013年2月28日 (木)

沖縄病(2) Okinawa syndrome(2)

 私は一体いつごろから、何回くらい沖縄に行ったんでしょうか?初めて沖縄に行ったのは1981年3月のことですので、このブログを書いている現在(2013年春)からは、32年も前のことになります。この32年間に、回数で言うと80回くらいになるかと思います。日数に直すと300日を超えるでしょう。

 でも、まだ私はそんなに重症の沖縄病とは思っていません。というのは、最も重症になると、移住してしまうらしいので・・・ヾ(.;.;゚Д゚)ノ

 そうは言っても、これだけの回数訪れていると、かなりマイナーな場所を知っていたり、人の行かないところに行っていたり・・・。そのひとつに「闘牛」があります。沖縄の闘牛場は、観光地からは離れた結構へんぴな所にあり、開催日も特定の日曜日の午後に限られ、しかも入場料がひとり3千円と、かなり高いです。このため観光のついでにちょっと寄るということが難しく、わざわざ闘牛を見に行く人は、かなりマニアックと言えるでしょう。

 平成24年のとある日曜日、闘牛場としては比較的有名な(ただしいわゆる観光地とは全く異なる場所)うるま市石川多目的ドームを訪れました。闘牛場の内部はこんな感じ。。。

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 小学生の女の子同士で見物に来たりもしています。。。小学生は入場料が安いです。

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 取り組み表です。「不発弾」とか、「トラムクーパンダ」とか、ユニークな名前の牛もいます。体重が表記してあり、重いものは1トンを超えます。

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 まず、両者の角を突き合わせ、勝負が始まります。

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 力の入る瞬間。。。

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 土煙が舞い、1トンの巨体がぶつかる。。。猛烈な迫力です。

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 どちらかが戦意喪失し、逃げ出したところで勝負あり。軍配です。

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 「闘牛」というと一般的にはスペインの闘牛、人間Vs牛の対決を連想し、牛が死ぬまで戦うので、動物愛護上問題があるとする意見があります。でも、沖縄を含めて鹿児島・島根・愛媛・新潟など日本国内に散在する闘牛はすべて牛Vs牛です。これは雄同士が出会うと角を突き合わせて力比べをし、その順位を決定するという、牛本来の習性を利用したもので、動物愛護上の問題は全く無いものと思います。非常に迫力があり、なかなかの見ものでした。。。

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2013年2月27日 (水)

キラキラのお姉さん Shining gal

キラキラですね。。。

She is shining...

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2013年2月24日 (日)

沖縄病(1) Okinawa syndrome(1)

 写真の昆虫、「イワサキクサゼミ」といいます。沖縄のサトウキビ畑でよく見かけます。体長はわずか1.5センチくらい、日本最小のセミです。ところが身体の大きさに比べて非常に大きな声で鳴くので、サトウキビ畑全体がうなっているように聞こえます。

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 ところで、沖縄には「イワサキ」という名が付いた生き物が幾つもいます。イワサキクサゼミ・イワサキコノハ・イワサキタテハモドキ・イワサキカメムシ・イワサキワモンベニヘビ・・・などなど。一体、この「岩崎」という人物は誰なのでしょうか?

 明治維新直後の明治2年(1869年)、岩崎卓爾(いわさきたくじ)という人物が仙台藩士の子として今の宮城県仙台市に生まれました。彼は明治31年(1899年)に結婚と同時に石垣島測候所に赴任し、気象観測の業務に当たります。その後、妻と子供は仙台に帰り単身赴任、亡くなるまでの約40年間を石垣島で過ごした人です。

 彼の本業は気象観測だったんですが、各種蝶類の生態を解明したり、新種の昆虫を多数発見したり、黒真珠の養殖にかかわったり、方言・民話・民謡を収集したり、さまざまな活動を通じて八重山諸島の文化や自然を内地に紹介しました。沖縄の魅力にはまってしまった人物。。。そういう意味では、彼は沖縄病の患者第1号なのかもわかりません。

 赴任当初は島民が気象観測の何たるかを全く理解していなかったので、天気予報が当たらず台風による人的被害が発生したときは、測候所に投石されたり縛られて吊るし上げられたり・・・。出身地仙台の訛りが死ぬまで抜けなかった人なので、地元の八重山方言の人たちとのコミュニケーションに苦労したり、洋装嫌いで常に木綿の着物を着ていたり、そのうち島民とも打ち解けて、「天文屋の御主前(てんぶんやのうしゅまい)」と愛称で呼ばれるようになったり、ともかく、いろんなエピソードに事欠かない人だったそうです。「うしゅまい」とは、威厳のある長老・ご主人様というような意味です。そういったものが積み重なり、1974年には彼の伝記物語がNHKの銀河デレビ小説で「風の御主前(うしゅまい)」として放映されています。

 そして、この人。。。
 彼の風評は別として、この人も随分沖縄にははまった人と聞きます。芸能界を引退したあとも、ごらんのようなマネキン人形がとある島のとある飲食店の店先に立っています。いずれにせよ、いろんな人がいろんな形ではまってしまう。。。そんな魅力が沖縄にはあるのだと思います。

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 皮肉っぽい内容で知られるアンサイクロペディアには、「沖縄病」とは、このようなものとされています。
―――――――――――――――――――――――
 沖縄病とは沖縄諸島で特に見られる病気。致死率が高く、その危険性はペストに並ぶとも言われている。感染経路が多岐にわたり、予防・治療ともに困難である。

 多くの場合、まずは観光客として沖縄への来訪の後に、潜伏期間を経て発病する。感染後2~3日で、全身のだるさ、時間感覚の麻痺、帰宅拒否、仕事拒否という症状が見られる。「沖縄ってさ・・・とてもいいよねーーー、」と視線が空中を漂う。

 代表的な初期症状は時間や物事への執着心の低下、アルコール(主にオリオンビールとされる)への依存度上昇が顕著である。

 主な感染経路としては
・沖縄の食物(サーターアンダーギーとチャンプルあたりが最も多いらしい。泡盛という指摘もある。)
・沖縄の音楽(感染の直接の原因でなく、沖縄病を悪化させるのではないかという疑いがある。)
・沖縄を特集した本屋雑誌

予防
・沖縄旅行の制限
・沖縄を連想させるありとあらゆる作品の視聴の禁止
・沖縄旅行経験者の一時的な隔離
・琉神マブヤーの放送、および視聴禁止
しかし、これらの対策は沖縄病感染者の拡大を防ぐことはできず、新たな対策が求められている。
―――――――――――――――――――――――

 というようなわけで、自称「沖縄病」の私が、何回かに分けて沖縄に関する薀蓄を語ってみたいと思います。。。

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2013年2月21日 (木)

食べ物と料理(5) Food and cooking(5)

 「おばんざい」って何でしょうか?

 検索すると、こんなふうに書かれています。

「昔から京都の一般家庭で作られ、食されてきた和食の惣菜のことで、味付けは京都風に薄味である。近年ではヘルシーなイメージから人気が高まっており、惣菜店で販売されたり、京都をはじめとする飲食店で看板メニューとして提供する店が増えている。」

「近頃やたらともてはやされているが、何のことはない、常々京都の家庭で作られていた料理のことである。今更あらためて人様にご紹介するようなご馳走ではなく、金に糸目を付けず山海の珍味を手間暇かけて調理したものでもなく、また晴れの日にしか食べなかった贅沢なものでもない、はやりのグルメ指向とは本来は対極のものである。」

 要は、普通の家庭で普通に作られて食べられてきたものということです。私の両親は父方は大阪と京都の中間あたり、母方は京都府北部出身で、一時京都市内で暮らしていたこともありますので、私の幼少時に食べた惣菜が「おばんざい」にあたるのではないかと思います。ただし、おばんざいという表現は両親や祖父母からは全く聞いたことがありません。

 思い起こしてみると、今となっては相当に伝統的というか、古式ゆかしいというか、大時代的な食生活をしていたように思います。カレーライスなどは幼稚園あたりから食べていましたが、そこに入っているニンジンは金時人参でした。当時は今のニンジンをわざわざ「洋ニンジン」と称して区別していました。また、ダイコンも「丸大根」がかなりの割合を占めていました。ピーマンよりも伏見唐辛子という甘い品種が一般的でした。キャベツさえも食べる機会が少なく、お好み焼きか、味噌汁か、ぬか漬けが主流でしたが、小学校高学年になってやっと野菜炒めや八宝菜を食べる機会ができ、キャベツを多く食べるようになりました。また、生野菜を食べる習慣が無く、レタスを初めて口にしたのが中学生の頃です。そのせいか、今でも生野菜はどちらかと言えば苦手です。

 これに対して、根菜類はかなり豊富。大根(長・丸)、金時人参、小芋(サトイモの事です)、カブラ、ゴボウ、レンコン、ヤマイモ(丸いやつ)、ジャガイモ、サツマイモ、クワイ、ユリネなど、今よりも頻繁に食べていたように思います。そういう意味では、あの時代の関西地方は根菜王国だったのかも。。。

 私は何年か単身赴任をしており、その間自炊もしました。手抜き料理も随分作りましたが、小さい頃に母に作ってもらった料理を思い起こしながら作ったりもしました。そんな料理を少しご紹介しましょう。

<豆の炊いたん>
材料:大豆、昆布、れんこん、こんにゃく、にんじん、ごぼう、干し椎茸
調味料:薄口醤油、砂糖、だしの素、日本酒
ひと言:大豆の大きさに合わせて材料を細かく切って炊き上げるのがポイントですが、昆布が溶けやすいので、少し大きめに切ります。ひねり昆布でもかまいません。大豆は前日にぬるま湯に浸しておきます。一般的な名称である「煮豆」とは呼ばず、「豆の炊いたん」と呼んでました。

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<かす汁>
材料:酒かす、牛肉、だいこん、にんじん、油揚げ、こんにゃく、ごぼう
調味料:白味噌(もしくは麦味噌)、日本酒
薬味:青ネギ、唐辛子
ひと言:具沢山の味噌汁を作るつもりで仕上げますが、白味噌もしくは麦味噌の量を普通の味噌汁の半分くらいに減らし、かわりにたっぷりと酒かすを入れて溶かします。真冬の定番料理で、身体が温まります。

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<白菜とまぐろの煮物(左側)>
材料:白菜、まぐろ、油揚げ、卵
調味料:薄口醤油、みりん、だしの素、日本酒
ひと言:砂糖や水は加えず、白菜から出る甘みや水分を生かして仕上げます。卵はそのままでも溶いてもどちらでもかまいません。

<ふきと油揚げの煮物(右側)>
材料:ふき、油揚げ
調味料:薄口醤油、みりん、だしの素、日本酒
ひと言:ふきの風味を生かすため、あまり煮過ぎないようにします。

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<ハチクの煮物>
材料:ハチク、高野豆腐
調味料:薄口醤油、みりん、だしの素、日本酒
ひと言:ハチクはあくが少ないため、あく抜きはいりませんが、収穫後なるべく早く調理した方が新鮮で美味しいです。若布を入れても合います。

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※なお、煮物関係は、「煮物」という現在一般的である呼び方は一切しませんでした。そもそも「煮る」という動詞はほとんど使わなかったように思います。ご飯を炊く・おかずを炊く・・・と同じ、「炊く」という表現が一般的でした。このため、これらの料理の表現も、「たけのこの炊いたん」「白菜の炊いたん」「ふきの炊いたん」と呼んでいました。


<なすびの焼いたん>
材料:長茄子
調味料:醤油、しょうが、鰹節
ひと言:茄子はできるだけ細長い品種が向いています。網で焼いて流水を掛けながら皮を剥き、しょうがをおろして振りかけ、食べる直前まで冷蔵庫で冷やしておきます。なお、この料理も決して焼き茄子とは呼ばず、「なすびの焼いたん」です。蛇足ながら、「なす」ではなく、必ず「なすび」と呼びます。

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<小鯵の酢漬け>
材料:小あじ
調味料:りんご酢
ひと言:シンプルな料理です。小あじのはらわたを取って素焼きにし、りんご酢に浸して冷蔵庫に入れておくだけです。36時間以上経つと骨まで柔らかくなって食べられます。
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 いかがでしょうか?あなたのイメージするおばんざいとは、違っていますか?

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2013年2月17日 (日)

食べ物と料理(4) Food and cooking(4)

 なんとも、グロな写真です。しかも、説明書きを読むとますますゲンナリするような。。。私は虫は好きですし、長野県へ行った折、酒の肴としてイナゴや蜂の子を美味しくいただいたこともあります。しかし、この「モパニムシ」と称する携帯ストラップだけはどうも。。。

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 地球上で最も繁栄している生物。それは決して私たち人類ではありません。実は「昆虫」です。昆虫の身体はタンパク質も豊富ですし、これを食べることは非常に合理的なことであると思います。現代人の食生活は欧米人のそれの影響を多かれ少なかれ受けていますが、欧米人の食生活は例外的に昆虫食がありません。他の文明では、日本も含めて昆虫食が見られる場合がほとんどです。

 話は変わります。私たちの隣国、中国や韓国では犬を食べる文化があります。また、私は台湾を訪れたことがありますが、そこにはヘビ料理の店がありました。
 さらに日本の国内でもウミヘビを食べる地域があります。沖縄です。写真はウミヘビの乾物ですが、「イラプー」と呼ばれ、非常に美味な高級品として扱われています。ちなみに1匹6千円です。

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 前回、私たちが美味しいと思う食べ物は多分に経験に左右されると書きましたが、これらの食材には一般的な日本人は慣れていないので、食欲は湧かず、かえって不快感に襲われることになります。

 また、慣れの問題以上に、宗教が食のタブーに関与することも多いです。よく知られているように、インドのヒンズー教徒は牛肉を食べませんし、世界中に住むイスラム教徒は豚肉を決して口にしません。それどころか、豚を原料とした加工食品も厳格に除外します。また、日本でも仏教の影響で、明治時代以前は肉食の機会が非常に少なかったようです。

 さて、私はクジラを食べることを好みます。焼肉やハリハリ鍋、刺身。。。酒の肴になかなか美味です。また、私がたびたび訪れる沖縄本島の郷土料理店には、イルカ料理がメニューにあります。もっとも琉球方言で「ヒートゥー料理」と書いてありますので、それと気付く内地の人間は少ないですが・・・イルカも分類学的にはクジラと同じグループに属するため、味もあまり変わりがありません。

 さて、問題はイヌやクジラやイルカを食べることに対する欧米人の反応です。なかにはかなりエキセントリックな反応を示す集団もいるようです。どうもキリスト教徒というのは歴史的にも世界中に宣教師を派遣して布教を行ったり、他の宗教と比べると、かなりおせっかいが好きなようです。これに対して、好戦的な宗教だと思われているイスラム教徒の人たちは、異教徒が豚肉を食べても何も言いません。

 前回までに述べたように、食べ物というのは文明・文化のかなり根源的なものです。この部分を否定されるとたいていの人間は非常に反発します。これは欧米諸国のなかでもフランスのフォアグラを動物虐待であるとし、生産はおろか販売まで規制する国があるのに対し、フォアグラ発祥の国であるフランスでは、重要な農業技術であり、文化であるとして、国家により篤く保護されていることをみても明らかです。

 こんな状況では、活け作りや踊り食いまで虐待行為と取られかねません。少なくとも、人の食べ物にはケチを付けないでおこうと強く思う次第です。ただ、欧米諸国のクジラやマグロやウナギの資源量が激減しているという主張には耳を傾ける必要があると思います。乱獲によって居なくなってしまっては元も子もありません。こういったものは国の施策として早く養殖技術を開発するようにすべきでしょう。日本人は優秀なので、可能だと思います。

 さて、今回は最後に欧米人が最も好まない食べ物、サザエのつぼ焼きを載せておきます。磯臭い匂いは悪臭であると感じる人が多いです。欧米人に対しては、ちょっといやみかもしれないですね。でも私は大好きです。

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2013年2月14日 (木)

食べ物と料理(3) Food and cooking(3)

 聖バレンタインデーです。。。

 日本ではなぜかこの日はチョコレートが飛び交う日になってしまいました。いろいろいわれはあるようなんですが、このブログの中ではどうでもいいことです。それよりも、このしょぼい花を見てください。木の幹から直接小さな花が咲いています。

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このしょぼい花が実を結び、そのままどんどん大きくなります。

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 実はこれはカカオの木なんです。チョコレートは、このカカオを原料として作られます。カカオの果実は大きくなると20センチを超えるため、こんなのが木の幹から直接ぶら下がっていると、なんだか異様な風景です。もっともこのような果実の付き方は、熱帯植物ではよく見られ、専門用語では「幹生果(かんせいか)」などと呼ばれたりしています。

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 食に関する格言にはいろいろなものがありますが、「医食同源」という言葉もそのひとつかと思います。人間が健康を維持したり、病気から回復するため、薬と食品が同様な効果を持つという意味です。現在、広く一般的に知られている食べ物も、最初は薬用だったものがあります。チョコレートもそのひとつです。

 チョコレートはカカオの種子を発酵・焙煎し、砂糖、ココアバター、粉乳、香料などを混ぜて練り固めた食品です。でも、最初からこのような形で食べられていたわけではありません。もともと紀元前2000年頃から中央アメリカでカカオの栽培が始められ、薬用の飲み物として飲まれていました。マヤやアステカといった、失われた文明の地域が原産地と言われています。その後、数千年にもわたり、チョコレートはずっと薬用の飲み物でした。当初はトウガラシなどを加えられていたようです。

 カカオをヨーロッパに紹介したのは、コロンブスです。1492年と伝えられています。その後、カカオの苦味を打ち消すためにトウガラシの代わりに砂糖を入れるようになり、薬から徐々に嗜好品へと姿を変えていきました。そして17世紀半ばにはイギリスまで達しますが、まだチョコレートは飲み物のままで、しかも王侯貴族や富裕層が飲む、贅沢な飲み物でした。

 チョコレートが今のような固型になるのは、19世紀に入ってからなので、飲み物としての歴史の方がはるかに長いです。19世紀には様々な技術革新が起こりました。1828年にはオランダのバン・ホーテン氏が工業的な加工方法を考案し、1847年にはイギリスのジョセフ・フライ氏が固型チョコレートを発明し、1875年にはスイスの薬剤師アンリ・ネスレ氏がミルクチョコレートを開発します。こうした発明によってさまざまな固型のチョコレートが工業的に大量生産され、食品産業として重要な地位を占めるようになりました。

 非常に面白いのは、チョコレートの国別の生産量と消費量で、お国柄がよく現われています。まず、国別の生産量です。日本が7位と、結構頑張っています。

年間チョコレート生産量(2009年、単位:トン)
――――――――――――――――――――
1 アメリカ合衆国          1,569,490
2 ドイツ                      1,214,490
3 イギリス                     532,350
4 ブラジル                    517,300
5 フランス                     404,880

6 イタリア                     276,900
7 日本                         233,880
8 ポーランド                  220,000
9 ベルギー                   191,530
10 スイス                      139,965

11 スペイン                   115,945
12 スウェーデン               52,282

 次は国別の消費量です。

年間一人当たりチョコレート消費量(2008-2009年、単位、kg)
――――――――――――――――――――
1 スイス                      11.7
2 ドイツ                       11.4
3 イギリス                    10.9
4 ノルウェー                  9.8
5 デンマーク                  8.6

6 オーストリア                7.9
7 フランス                      7.4
8 フィンランド                 7.0
9 ベルギー                    6.8
10 スウェーデン              6.6

11 オーストラリア            6.0
12 アメリカ合衆国           5.3
13 イタリア                     3.3
14 スペイン                    3.3
15 アイルランド               3.3

16 日本                         2.2

 いかがでしょうか。意外な国が結構多かったりします。あなたも今の5倍くらい、チョコレートを食べてみますか?( ´艸`)

 ところで、カカオの生産量が多い国をリストアップしてみますと、また別の観点でチョコレートを眺めることが出来ます。

年間のカカオ生産量(2010年、単位:トン)
――――――――――――――――――――
1 コートジボワール         1,240,000
2 インドネシア                  810,000
3 ガーナ                         630,000
4 ナイジェリア                  430,000
5 カメルーン                    260,000

6 ブラジル                      230,000
7 エクアドル                    130,000
8 トーゴ                          100,000
9 パプアニューギニア         60,000
10 ドミニカ                         50,000

 カカオは熱帯でしか育たない作物なのですが、西アフリカ諸国が全体の約7割を占めます。また、非常に貧しい国が目立ちます。特にコートジボワールの生産量が多く、全世界の合計384万トンのうち、ほぼ3分の1です。いずれにせよ、日本とは縁が薄い国が多いです。

 これらの国々のカカオ農園は家族経営の小規模なものが多く、非常な低賃金で農園労働者を雇っています。その賃金は年収で1万円そこそことのことです。さらに問題なのは児童労働が多いと言われていることです。このため、フェアトレード チョコレート(児童労働に頼らないで作ったチョコレート)などというものが販売されていたりします。しかしこれは両刃の剣。働けるカカオ農園が無いと、子供たちは生きていけないという、ジレンマもあります。

 国際的に取引される農産物というのは、いろいろな問題を抱えています。カカオ以外にもバナナやサトウキビ、大豆、とうもろこし・・・いずれも裏側にはかなりどろどろした問題が隠れています。そのうちまた、そんなお話も載せてみたいと思っています。

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2013年2月10日 (日)

食べ物と料理(2) Food and cooking(2)

 麺類。実に面白い食べ物です。日本では小麦・蕎麦・米などを製粉し、水などを加えて練り、細長い形に加工した食品のことを言います。

 ところが海外では少し事情が異なっており、中国では「麺」といえば小麦粉のことを指します。このことは「麺」という漢字に「麦」の字が含まれていることから見てもわかります。従って中国では餃子や焼売は麺の一種ですが、蕎麦や春雨は麺ではありません。米の粉を練った春雨やビーフンなどは、「粉(フェン)」と呼ばれます。確かに「粉」の字には「米」が含まれています。

 ヨーロッパの麺類王国であるイタリアではどうなんでしょうか?イタリア語で言う「pasta(パスタ)」は、粉食、穀物加工食品全般を指します。このため、ロングパスタ(いわゆるスパゲティ)以外に、マカロニ、ペンネ、コンキリエ、ラビオリ、ラザニア、ピザや、場合によってはパンまでも含まれます。ちなみにイタリア語の「パスタ」は英語の「ペースト」やフランス語の「パテ」と同じ語源で、ラテン語の「pasta(生地、練り物)」に由来します。すなわち、最も守備範囲の広いのがイタリアで、材料が小麦粉であることにこだわるのが中国、細長い形状にこだわるのが日本といえるでしょう。

 さて、麺類となると、私のような関西人はうどん、それもきつねうどんがベストです。写真のきつねうどんは、私が単身赴任をしていた頃に自分で作ったもの。とじ卵を入れたりしてみました。

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 ところが同じ関西人である私の母親は、蕎麦を好みます。それもにしんそば。私も嫌いではないんですが、そんなに食べたいとも思いません。きつねうどんと比べると、優先順位は明らかに低いです。これは京都に特に多い蕎麦。母親は京都人なので、この食べ物を好むんだと思います。ご存知でない人のために説明しますと、関西風の薄味のかけそばに身欠きにしんの甘露煮をどお~んと載せたもので、京都市内の蕎麦屋などでは、いろんなメニューの中で最も高価な場合が多いです。

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 これに対し、私の二人の娘は明らかにスパゲティ派。特に昼食には何が食べたいか聞くと、ほとんどと言っていいほどスパゲティという答えが返ってきます。ちなみにこれも私が作ったもので、たまたま山に行ったときにたらの芽がたくさん採れたので、たらの芽・海老・しめじ・にんにくで仕上げました。味付けのベースは顆粒状のコンソメスープの素です。

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 最近、私も歳のせいか蕎麦に惹かれるようになりました。長野県や山形県などの手打ち蕎麦。非常に清々しい食感で、これらの地方を訪れたときには、たいてい蕎麦屋の暖簾をくぐります。食べた後の蕎麦湯も最高です。

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 ところで、これらの麺類、本来であればとてつもなく手間の掛かった料理ではないかと思うんです。すなわち、農耕によって穀物を育てて収穫し、その穀物を粉に挽き、水を加えてこね、長く伸ばして熱を加え、様々な味付けをほどこし、副菜を添え・・・人類が作った様々な種類の料理の中では、かなり広範囲に分布し、しかもかなり手間が掛かっています。いずれの麺料理も、人類の英知と努力がぎっしりと詰まった、料理という行為の象徴のような食べ物ではないかと思います。ある意味、文化遺産。。。

 さて、前回ご紹介した昨年末に買った面白い本。最近、料理そのものの本質が変化していると書いてあります。要約すると以下のとおりですので、これも読んでみてください。

――――――――――――――――――――
 アメリカのデレビ番組「アイアン・シェフ・アメリカ」は、非常に人気のある番組である。有名料理店のシェフ同士が、与えられた食材を用いて1対1で勝負し、最高の料理を作った方に軍配が上がるという趣向である。つまり、スポーツと同じように観戦する対象に仕立て上げられている。

 そもそも、何故私たちは他人が料理するところを見たいと思うのであろうか?調理とは様々な素材を使って、単純に足し合わせた以上に美味しい料理を作り出す、魔法のような行為であり、優れた料理人の技には抗いがたい魅力がある。

 しかし、もし本当に料理からそれほどの満足感が得られるなら、もっと料理をするようになるはずである。アメリカでは随分前から、仕事にかける時間が増えた分、家庭で過ごす時間が圧迫されるという状況が一般化していた。一方、今でもきちんと料理を作って暮らしている国では、調理に手間をかけられるだけの時間のゆとりがある。

 アメリカ人女性が調理にかける時間は、働きに出ているかどうかにかかわらず1965年から2010年の間に約6割も減少し、半分以下となった。食品メーカーが調理済みの食べ物を提供してくれるなら、それを食卓に載せてもかまわないと、多くのアメリカ人が思っている。食品産業界は、調理という過程を工業化させることをひたすらに宣伝し、推し進めてきたのである。

 それでは、食事の支度を他人に任せたおかげで得られた時間は、どう使われているのだろうか?仕事・通勤・ネットサーフィン・テレビ・・・あろうことか、テレビで他人が料理するのを見ることにあてられているのである。

 料理を文化として考えるならば、料理をする習慣が衰退していったせいで現代人の生活に大きな悪影響が出てくるのではないだろうか?料理をしなくなることで健康を害してしまう可能性もあるだろう。2003年のハーバード大学の経済学者グループは、アメリカで肥満が増えているのは、工業的に生産された加工食品の増加が原因であると結論付けた。また、同じ研究グループは、複数の文化圏で調理のパターンを調べ、自宅での調理に時間をかける国の方が、肥満の発生率が低いことをつきとめた。また、別の研究では、日常的に料理をする貧しい家庭の女性の方が、料理をしない裕福な女性よりも健康的な食生活を送る傾向があると指摘している。

 つまり、調理というのは非常に大切な行為なのである。これは驚くような話ではない。企業に食品の調理を任せた場合、砂糖・脂肪・塩がふんだんに加えられる。この3つの味には人間は抗いがたい魅力を感じるようにプログラムされている。このため安いコストで加工食品の欠点を隠してしまうことが可能である。ひとたびこのような状態に陥ったアメリカ人の食生活を健全なものに戻すためには、非常に大きな労力が必要である。
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 これを読んで、なるほどと思いました。もう随分前になりますが、私はイギリスのスーパーマーケットに入ったことがあります。そこは店舗の半分が冷凍食品売り場という、驚くべきものでした。イギリスも肥満対策で苦慮している国だと聞きます。

 ところで今年の年明けに、九州大学のグループが面白い研究をしていることを知りました。ショウジョウバエという蝿がいます。この仲間は発酵した果実によく集まってくるんですが、不足した栄養素を補うように食の好みを変化させる能力をもっているそうです。私たち人間は、かなり自覚しないと正しいバランスの食生活は出来ません。特にさまざまな加工食品が氾濫している現代社会では、その魅力に負けてしまう場合もしばしばあります。そういう意味では蝿よりも私たちの方が健全な食生活をおくる能力に欠けているのかもわかりませんね。

 個々人が美味しいと思う料理は、経験に左右されます。改めて食事・料理の重要性に気が付いた次第です。私も便利さに負けてカップ麺に手を伸ばしたり、JALの飛行機に乗ると写真のようなビッグマックの無料券が当たることもあるのでちょくちょく食べるんですが、ほどほどにするように努めたいと思います。。。

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2013年2月 9日 (土)

人形 The Doll

人形のように見えますね。。。

She looks like a doll...

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2013年2月 7日 (木)

食べ物と料理(1) Food and cooking(1)

<人はなぜ料理をするのか?>

 昨年の年末に面白い本を見つけました。そこには、こんなことが書いてありました。少し長くなりますが、読んでみてください。。。
 

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 初期の文化人類学者、エドワード卿は、生のものだけを食べて生活する文化が存在するかどうかを初めて世に問うた。1870年、彼は食物を調理しない文化は存在しないと結論付けた。たとえ北極のイヌイット族であれ、狩りに出ているときは生肉を食べても、夜ともなれば一家の主婦は家族のために暖かい夕食を用意する。

 人はなぜ料理をするのか?この興味深い質問に1960年代、文化人類学者のクロード氏は、料理は心理的な問題に過ぎないと論じた。料理をすると、他の生物の食物とは異なる、人間独特の「食事」に変化するため、人間らしさを実感できるが、それ以外には生のものより調理したものが優れている点は無いとする、いささか極端な意見である。

 一方で、有害な細菌が死滅し、毒素が壊れ、味わいと食感が増すから調理をするのだという実際的な意見もある。確かにそのとおりだが、実はそれ以上に大きな影響力を持つ単純な事実が、最近まで見過ごされてきた。すなわち、料理をすると、食べ物からより多くのエネルギーを得られるという事実である。

 料理で食物のカロリーが増加する理由のひとつとして、栄養素が消化しやすい形になることがあげられる。例えばでんぷん。でんぷんは生命維持には欠かせない糖質で、人は一般にカロリーの半分以上をでんぷんからとっているが、でんぷんの中には非常に消化されにくいものもあり、生で食べても大して栄養をとることは出来ない。これはたんぱく質も同じで、生のままでは緊密な構造がほぐれず、やはり消化しにくいものである。これらを料理することにより、でんぷんの長い鎖がほどけて糖となり消化しやすくなったり、肉のアミノ酸が露出して消化酵素の影響を受けやすくなる。

 ほとんどの動物は、生のものより調理したものを好む傾向がある。また、調理した食物を食べると確実に体重が増える。例えばペットとして飼育される猫や犬は、調理や加工をされたエサを食べるため、人間と同じように肥満のリスクを負う。一方、手っ取り早いダイエットの手段として、すべての食物を生のまま食べる方法もある。

 ただし、誤解してはいけないのは、人類の身体は生のものを食べる生活には適応していない。例えばチンパンジーやゴリラに比べると、腸が短すぎるのである。このため、彼らと同じような繊維質の食物を生で食べると栄養失調を起こす。

 実験をすると、チンパンジーやゴリラのような類人猿も、調理した食物を好む。おそらく人類の祖先も、火を制御できるようになってすぐに料理を始めたのであろう。繊維質の根・苦い種子・硬い肉塊も、炭火であぶるだけで柔らかくて噛み砕きやすく美味しくなり、消化が良くなってエネルギー量が高まる。この結果、狩猟採集生活も、より広範囲で長時間行うことが可能となり、寿命が延び、出生率が上がり、脳の発達も促される。このように、料理が人類に与えた影響は絶大なものがある。
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 私たちも生の素材よりも調理した食物の方が美味しいことを経験的に良く知っていますので、生肉よりも鉄板の上でじゅうじゅう音を立てるステーキに食欲を感じたり、生のおコメよりも炊き立てのご飯に惹かれたりするわけです。そういう意味では、日本の寿司や刺身は、ちょっと特殊な料理になるのかもわかりません。

 調理された食物に食欲を感じるという現象は、かなり経験に左右されます。例えばこのような鯛の尾頭付きの焼き魚。私は大好きなんですが、私の知っている外国人は拒否反応を示しました。刺身や寿司は喜んで食べていましたが、頭の付いた魚はたとえ火が通っていてもだめ。全く受け付けなかったです。

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 一方、彼女はこれは全く平気、というよりも大好物のひとつでした。「チラガー」という沖縄の食材で、リアルな姿をした豚の頭の皮です。コラーゲンたっぷりで肌に良いなどと言いながら食べてました。彼女の祖国では、祝い事の際に豚の丸焼きを食べる風習があるので平気なんでしょうが、普通の日本人女性であれば、あまり食欲は湧かないでしょう。

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 どんな料理を好むか、どんな料理に食欲が湧くかは、その人の経験・年齢・文化的背景などによって変わってきます。また、同じ地域でも時代とともに変化して行くのだと思います。このような「食べ物」と「料理」に関する興味深い事柄を、何回かに分けて述べてみたいと思います。。。

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2013年2月 3日 (日)

伯耆大山冬景色(4) The winter scene of Mt. Daisen(4)

 伯耆大山はフォトジェニックな場所がいくつもあります。この場所は藁葺きの小屋の向こうに南壁が望め、有名な撮影ポイントです。珍しく好天に恵まれたので、たくさんのカメラマンが集まってました。。。

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 そしてこれも南麓の御机付近の農道から眺めた大山。。。ここもカメラマンの多いビューポイントのひとつです。

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 4月も後半になるとサクラの季節。。。

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 ようやく雪も消えてきますが、林床はごらんのとおりまだかなりの残雪です。。。

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 そして6月になると、雪国では定番の山菜「ネマガリタケ」。これを焼いて味噌を付けて食べると美味しい。。。おそらくこの地域のものが南限になるのではないかと思います。

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