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2015年3月14日 (土)

北陸新幹線 Hokuriku Shinkansen

 今日、3月14日は、北陸新幹線が延伸開業する日です。今までは長野が終着駅だったんですが、石川県の金沢まで線路が延びます。これでますます日本の新幹線網も充実して来ました。

 ここに投入される車両はW7系と呼ばれるものです。豪雪地帯を走るので、雪対策もバッチリ。内装は「和」のエッセンスをちりばめた、いかにも加賀百万石へ行きますよ・・・という雰囲気の車両です。外見は最近のロングノーズの車両と異なり、随分おとなしく見えます。


W7dsc_0001

 ここのところのJR東日本の新幹線は、とにかくロングノーズ・・・(@_@;) これは東北新幹線のE5系ですが、ノーズ部分が15メートルくらいありそうです。。。


E5dsc_0251

 秋田新幹線のこまちも同じです。E6系と呼ばれるこの車両は、真っ赤に彩られた印象的な車体ですが、やはり極端なロングノーズ・・・(@_@;)


E6dsc_0081

 ともかく、世界的に見ても日本の鉄道は圧倒的に時間が正確。。。秒単位で運行されます。

 ところで、「時間に正確」というのは、日本人の遺伝子に組み込まれたアイデンティティーのひとつなんでしょうか? どうやらそうではなく、このような状態になったのは割りと最近、明治時代のことです。というのは、幕末に日本を訪れた西洋人は、口をそろえて「日本人の悠長さといったら、呆れるくらいだ」と書き残しています。これは一体どうしたことでしょうか。。。

 西欧では14世紀に機械式時計が登場し、15世紀にはそれに基いて1日を24時間に等分する「定時法」が一般社会に普及したとされています。このため、幕末の頃にはすでに西欧人は分単位の生活をおくっていたと考えられます。

 これに対し、日本では日の出と日没の間を6等分する「不定時法」。いわゆる「草木も眠る丑三つ刻」とか、「明け六ツの鐘が鳴れば・・・」などという、牧歌的で悠長な時間感覚でした。当時の日本人の時間感覚は、2時間おき(それも夏と冬では長さが異なります)に鳴る鐘の感覚くらいしか無かったのです。すでに機械式時計を持っていた西欧人が苛立ったのは、むしろ当然といえます。

 ところが、この後の日本人の変化は、実に劇的なものでした。
    1868年 明治維新
    1872年 新橋-横浜間に鉄道開業
    1873年 定時法の導入
    1874年 大阪-神戸間に鉄道開業
    1877年 大阪-京都間開業
    1889年 東海道線全線開業
 このような明治期の鉄道開業のペースを見ると、ちょっと信じられないような速さです。ちょんまげ・刀・飛脚が走る時代からわずか21年後には、東海道線が全線開通しています。ちなみに日本の鉄道建設を援助するために1870年にやってきたイギリスの鉄道技師エドモンド・モレルという人は11月17日生まれだそうで、私と同じです。まあ、これはどうでもいいことなんですが・・・(^_^;)

 そもそも鉄道を走らせようなどという時に、日本の従来の不定時法ではまず無理です。当時の人々の莫大な努力や試行錯誤がおそらくあったのでしょう。社会的なインフラというものは、生き物ですので、単にレールと機関車を持ってきただけではだめです。このことは近年になって衝突事故を起こした高速鉄道車両を土中に埋めた中国の行為をみると、よく判ります。

 当時の日本人は、すでにこのことをよく理解していたようです。英文のマニュアルを正確に翻訳し、それを実行することにかなりの労力を費やしたようです。すなはち、切符は発車15分前までに買ってもらう・発車5分前には停車場の戸を閉じる・などなど・・・。このため、1900年前後に日本を訪れ、汽車によって移動した西欧人たちの日記には、すでに分単位で発車時間が記入され、日本人が時間にルーズなどという声はどこからも聞こえなくなっていました。

 ともかく、日本人という人種は、つくづく優秀なのだと思った次第です。

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