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2018年3月31日 (土)

今シーズンのふくろう Owls in this season

 野鳥を撮るには冬場が適しています。木々の葉が落ちて視界が開け、また、餌が乏しいので腹を空かせて餌を求める鳥たちを目にする機会が多くなるからです。

 さて、ここのところ人気の高いふくろうなんですが、今シーズン撮った写真をアップしてみましょう。まずはエゾフクロウ。本州以南のものよりも白っぽい体色です。木の洞で眠っているところを写真に収めました。場所は北海道鶴居村です。。。

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 これはコミミズク。。。冬に南下してくる渡り鳥なんですが、北海道の果て、野付半島のような吹きっさらしの厳しい環境で見つけました。この鳥は樹林よりも草原地帯で見かけることが多いようです。。。

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 エゾシカの群れの上空を盛んに飛び回るコミミズク。こういうシーンは非常に珍しいです。。。

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 もちろんコミミズクは本州以南でも見られます。以前、大阪の淀川河川敷に複数のコミミズクが越冬しているのが発見され、多くのカメラマンが殺到したことがありました。この写真は長野県の八ヶ岳山麓のものですが、警戒心が強いのか、なかなか近付かせてくれません。。。

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 自宅近辺の公園に現れたトラフズクです。耳のように見えるのは飾り羽で、本当の耳ではありません。日本ではこのような飾り羽のある種類をミミズク、無い種類をフクロウと呼んでいますが、海外ではそのような区別はなく、すべてOwlです。。。

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 野生のものではなく、飼っているものは比較的容易に写せますが、それでも飛び回っているのを撮ることはなかなか難しいです。これはシロフクロウ。。。

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 極北の生活に適応した種類で、最も北に住む鳥のひとつです。かなりモコモコ…(^_^;

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 一方、これはワシミミズク。。。

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 現在所有しているカメラが動体撮影に非常に優れた性能を発揮するため、ふくろうのショー程度であれば、このような写真は比較的容易に撮れます。。。

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 フクロウは羽ばたきの音が聞こえず、ふわぁっと飛ぶのが特徴です。このため、夜の暗闇の中でも獲物に気付かれずに襲うことが可能です。。。

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 むふふ。。。

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2018年3月27日 (火)

正統派(2) Orthodox(2)

 「ジンギスカン鍋」という料理があります。北海道の名物だとは思うんですが、その他の地方にもあります。おそらく日本国内では羊肉というとほぼジンギスカン。他の選択肢はほとんどないようです。そして、あまり羊とは関係なさそうな沖縄にも…(^_^;) これもおそらくジンギスカン料理の店だと思います。。。

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 そもそもジンギスカン鍋とは、どういったものを指すのでしょうか?そしてそのルーツは?ほとんどの方はご存知だと思うんですが、ジンギスカン=成吉斯汗(チンギス・カン)という、かつてモンゴル帝国を率いた強大な権力者です。ところがユーラシア大陸にはそのような名前を持つ料理は存在せず、また、日本のジンギスカン料理と似たものも少ないと思われます。ちなみに私が22年前に訪れた中東はヨルダンの中華料理店。大皿に盛られた炒飯に骨付き羊の焼き肉が載り、ヨーグルトをかけ、松の実をまぶしてある「マンサフ」という料理がこの国の国民食でした。一見バラバラの食材なんですが、意外と美味なものでした。。。ところが日本のジンギスカンとは似ても似つかぬ料理です。。。

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 「ジンギスカン鍋」という言葉が初めて使われたのは、どうやら大正15年頃に当時の満州で出版された「素人に出来る志那料理」という料理本のようです。一方で、日本国内では大正時代に軍隊・警察・鉄道員用の制服を作るため、ウールの原料となる羊の増産が行われ、羊肉の消費をはかる必要が生じました。しかし当時の日本人には羊肉を食べる習慣がなく、政府は東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)に料理研究を委託したりしています。。。
 このような経過を経て、どうやら昭和の初期に各地で「ジンギスカン料理店」なるものが出来始めたようです。すなわち、正統派のジンギスカン料理は大陸に起源があるのではなく、日本人が日本人のために発明した日本の羊料理なんです。。。
 ちなみに正統派といわれるジンギスカン鍋は、鉄カブトのような専用鍋を用い、盛り上がった中央部で肉、周辺部で野菜を焼き、肉汁が野菜の味付けになるというタイプです。また、使用する羊肉も生肉と味付け肉の2通りがあるようです。。。

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 もっとも、一般的な食堂ではいちいちこんなめんどくさいことはしません。これは釧路空港の食堂のジンギスカン定食ですが、大体こんなパターンが多いようです。。。

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 一般にはジンギスカンは北海道名物のように考えられていますが、その他の地方にも点々とジンギスカンを名物とする所があるようです。これは岡山県の蒜山高原のジンギスカン。やはり名物とされています。。。

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 さて、これは何となく感じることなんですが、北海道をはじめとして各地のジンギスカン料理店がどんどん減っているような気がします。羊肉は癖があるという印象が強いんでしょうか?でも、実際に食べてみると匂いが鼻に着くようなことも無く、私は案外好きなんですが、残念な限りです。。。





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2018年3月24日 (土)

正統派 Orthodox

 世の中にはあろうことか、肉じゃがに豚肉を入れるという人種が存在します…(@_@) どうやら東日本に多いようなんですが、肉じゃがは牛肉が正統派でその他は邪道。これは歴史的に見ても明らかなことです。この事は肉じゃがという料理のルーツを探ってみると明らかです。というのは、幕末から明治にかけて活躍した東郷平八郎がイギリスに留学した時、ビーフシチューの味に大いに感激したそうです。帰国して海軍の重要人物となった彼は、艦上食としてイギリスのビーフシチューを作れと命じたとか。。。ところがその頃の軍艦の料理人はビーフシチューなるものを全く知らず、赤ワインやデミグラスソース、バターなども入手困難だったので、見よう見まねで作ったのが「肉じゃが」だったのです。

 さて、写真のものは私が単身赴任時代に作った肉じゃがです。薄味に仕上げていますが、グリンピースを入れるのがポイントです。なぜグリンピースを入れるのか?実は私の母方の祖父は軍隊に入っていた時、炊事兵、すなわち調理を担当していたそうです。その祖父が軍隊時代にしばしば肉じゃがを作っていたようで、その中には必ずグリンピースが入っていました。ちなみに肉じゃがとは呼ばず、「煮込み」と呼んでいました。この種の料理が全国的に肉じゃがと呼ばれるようになったのは意外に新しく、1970年代中盤以降だそうです。我が家でも「煮込み」とか「シチュー」と呼んでいました。。。

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 さて、肉じゃがのルーツを巡って、2つの地域が論争を続けているそうです。京都府舞鶴市と、広島県呉市で、どちらも我が町が肉じゃが発祥の地であると、一歩も譲りません。どちらも旧軍港があった町で、東郷平八郎の逸話を思い出します。ところが双方の肉じゃがの具が微妙に違うんです。。。

 舞鶴:グリンピースが入るのが特徴。
 呉 :じゃがいもがまるごと入る。にんじんが入らない。

 私の祖父は京都府舞鶴市の隣り町出身です。このため、グリンピースが肉じゃがには必須となります。ただ、他の地域ではあまりグリンピースは見かけません。でも、このような事情から、私は肉じゃがには牛肉とグリンピースを入れるのが正統派であると固く確信しています。。。
 さて、あなたは肉じゃがにグリンピースを入れますか???

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2018年3月20日 (火)

觔斗雲 Kintoun

 「きんとうん」です。このブログを書く時まで、「觔斗雲」という漢字表記とは知りませんでした。「きんとうん」は中国の伝奇小説「西遊記」に登場する孫悟空が仙術を用いて自由自在に空中を移動する、一種の乗り物です

 さて先日、山中湖まで富士山を撮りに行きました。3月も半ばの事です。厳冬期の逆さ富士もなかなか良い感じなんですが、季節的にそろそろおしまいです。気温が上がって空気も緩くなり、どんな景色が見えるのか気になりながら行ってみたところ、目にしたのがこんな風景です。逆さ富士は見られず、一面の霧。その上に富士の頂が白く輝いています。。。

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 完全に浮いてますね…(^_^;)

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 山中湖の湖面には水鳥がいたり、漁師のおじさんがいたり…(^_^;)

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 いつもは鮮やかな逆さ富士を狙っていくんですが、まさかこんな幻想的な雰囲気が見れるとは思ってもみませんでした。。。

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 ほんとに富士の峰がきんとうんに乗ったように浮いています…(^_^;)

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むふふ。。。

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2018年3月17日 (土)

訃報 News of a death

 3月14日にスティーヴン・ホーキング博士が亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。。。

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 博士は1942年生まれのイギリスの理論物理学者であり、1963年、なんと21歳の時にブラックホールに関する理論を発表し、世界的に注目されました。その宇宙論は全世界で1千万部以上刊行され、日本でも「ホーキング、宇宙を語る」という邦題で出版されています。大宇宙の挙動を一般人にもわかりやすく解説した名著だと思います。また、彼の著書の影響を受け、はるかなる宇宙に思いを馳せる若人も全世界に数多くいるようです。。。

 彼は大学院時代、身体に不調を感じ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、生涯のほとんどを車椅子で生活しています。また晩年はさらに症状が進行し、意思伝達のためにはコンピューターによる合成音声を使ったりもしていました。このような境遇にあったため、車椅子の天才科学者などと言われていました。いずれにせよ、その業績は壮大なもので、ニュートンやアインシュタインと並び称賛されています。。。

 私は基本的に感動しにくい人間であり、他人を尊敬するようなこともあまりありません。しかしながら、ごく一部の人に対しては尊敬の念を抱くことがあります。ホーキング博士はそのような数少ない人物のひとりです。ALSは発症から数年で死に至ることが多い病気です。不自由な身体のもとで大宇宙に思いを馳せ、壮大な宇宙論を展開した博士に対しては、尊敬の念を抱かざるを得ません。。。というわけで、今年暖かくなった頃には、ぜひ天の川や星の動きを撮影したいと思っております。。。

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 さて、科学の発達と人間の情緒的な思考とは、時としてぶつかり合うことがあります。ホーキング博士もそのようなぶつかり合いに巻き込まれてしまったことがあります。すなわち、彼は次のような主張をしており、反対論者との間で摩擦が生じています。。。

〇時間順序保護仮説の提唱:この仮説により、タイムマシンの存在は明瞭に否定されています。
〇神の存在の否定:彼は「宇宙誕生に神は不要」としており、これに対して宗教界から批判を浴びています。
〇死後の世界の否定:これに対しても同様に宗教界から批判されています。

 人間は、えてして自分の思うことと異なる考えを排除するものです。これらの考え方はある意味人類のロマンです。それを明白に否定しているので、反発を感じたのでしょう。特にキリスト教には自分たちと異なる考え方を啓蒙という名を借りて排除するという考え方があります。ただ、冷静に考えるとホーキング博士の主張はおそらく正しいと、私は思います。。。

 さて、博士はいろいろな名言を残しています。いずれも音声合成装置を介して語られたものだと言われています。そのうちのいくつかをご紹介して、この項を終わりたいと思います。ただし、「ご冥福をお祈りします」というフレーズは彼には似合わないでしょう。死後の世界を明白に否定した人物なので。。。

「我々はとても平凡な星の小さな惑星にいる、進化したサルの一種に過ぎない。でも我々は宇宙というものを理解できる。そのため、少しだけ特別な存在なのだ。」

「まず、星を見上げて、自分の足を見ないようにすること。次に仕事をあきらめないこと。仕事はあなたに意義と目的を与えてくれ、それがなくては人生は空っぽになるからだ。三番目に、運よく愛を見つけられたなら、愛がそこにあることを忘れず、投げ捨てたりしないこと」

「他の障害者たちに助言するとしたら、障害に妨げられずにあなたが上手にできることに集中し、何が出来ないかを無念に思わないこと。身体的だけでなく、精神的に障害者になってはいけない。」

「宇宙をスタートさせるために神を持ち出す必要はない。不完全さが無ければ、あなたも私も存在しない。」

「もし人生が面白おかしいものでないなら、生きるのは悲劇です。」

「患者には、もし望めば自分の命を終わらせる権利があるべきです。しかし私は安楽死は大きな過ちだと考えています。どんなに人生がひどいように思えても、いつだってできることはあり、うまくやることもできる。命があれば希望はあります。」

「完全な人工知能の開発は人類の終わりを意味するかもしれない。独自に活動し始め、どんどんペースを上げながら自己改良していくだろう。緩慢な生物学的進化に制限されるヒトはそれと競争できず、地位を取って代わられる。」

「地球外生命体との接触は大惨事になると思う。我々地球に住む生物の生態系に致命的な損傷を与える可能性がある。我々はその生命体を探し出してはならず、できるだけ接触を避けなければならない。」

「人類が宇宙に進出しない限り、この地球は1000年後まで生き延びられるとは思わない。一つの惑星上で生命がアクシデントに襲われる可能性は、あまりに多すぎる。だが私は楽観的だ。我々は星に向かうだろう。」

「過去49年間、寿命を全うできない可能性と隣り合わせだった。死は怖くないが、早く死にたいとは思わない。まずやっておきたいことが山ほどある。」

「脳はコンピユーターのようなもの。部品が壊れれば動作しなくなる。壊れたコンピューターには天国も来世もない。天国は暗闇を恐れる人間のための架空の世界だ。」

「我々の時代に未来からの観光客が押し寄せたことはない。」

「誰も知らなかったものを発見するスリルに勝るものはない」

「知識における最大の敵は無知ではなく、知っていると錯覚することだ」

「科学は勝つ。つじつまが合うから。」

「一日のうちで最も多く考えていることは、女性のことだ。女性たちは完全に謎だ。」


さて、皆さんはどのように感じられたでしょうか?(^_^;)


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2018年3月13日 (火)

先斗町 Pontocho

 京都に先斗町という有名な小路があります。一般の人には非常に敷居が高い地域・・・というふうに認識されているみたいなんですが、意外にそうでもありません。私は時々訪れる店があるんですが、なかなか気さくでいい感じです。1~2年に1回しか行かないんですが、どうやら顔を覚えてもらっているようで、ほぼ常連さん扱いです。今回も3月上旬のとある日、久しぶりに行く機会があったんですが、たまたま隣席に座ったのは呉服屋のご主人。なかなか京都を感じさせる一夜でした。あれこれ歓談しました。。。

 まず出て来た突き出しは水菜ときのこのお浸し。粉山椒をまぶしてあるのが秀逸です。箸置きが可愛い。。。

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 熱燗をお代りするたびにお銚子が変わります。繊細なものと、ちょっといかついもの。。。

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「なすびの炊いたん」。わたしの母もそうだったんですが、関西では「煮物」という呼び方はほとんどしません。「〇〇の炊いたん」という言い方が一般的です。これも胡麻・ねぎ・貝割れ大根をまぶしてあるのが美味です。。。

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 出し巻き玉子です。ねぎが入っています。お約束の大根おろしもなかなか美味しかったです。。。

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 さわらの西京漬けです。かなり大きな切り身。しっかりと酒粕につけてあり、香り高い風味です。柚子の薄切りがアクセントになります。。。

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 湯豆腐。豆腐と水菜とはくさいだけのシンプルなものですが、豆腐の風味がなかなか優秀です。。。

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 最後に漬物の盛り合わせ。私の好きな日野菜も入ってます。。。

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 むふふ。。。



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2018年3月10日 (土)

3.11

 明日は3.11、忘れられない日です。あれから7年。まだまだの所・ずいぶん復興が進んだ所・さまざまな状況です。私も微力ながらお手伝いをさせていただきました。津波の被害を受けた地域も広い畑に生まれ変わり、農業生産が始まっています。。。
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 一方で、まだ被害が収まらないところも。。。


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 亡くなられた方のために、合掌。。。
 



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2018年3月 6日 (火)

目付き Awareness

 毎年3月になると、京都市内で「狐の嫁入り」などというイベントが開催されます。場所は東山界隈なんですが、日が暮れてから人力車に乗った「きつね」が結構なスピードで走ります。この「きつね」毎年公募されるようです。また、日によっては海外の大使館夫人がきつねに扮することもあるとか。。。
 で、きつねのお面を見ると、その目が斜め45度くらいに吊り上がっています。「きつね目」という表現もあるんですが、ともかく、結構デフォルメされています。。。

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 ところで、キツネの目は本当にこんなに吊り上がっているんでしょうか?ちょっと見てみましょうというわけで、過去に撮影したキタキツネの写真をあれこれ見てみました。これは食事中のキタキツネですが、目がまん丸。。。多少、つり目気味ですが、目が細いという印象は全くありません。。。

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 一方、次のキタキツネ。かなりつり目です。

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 次は厳冬期の野付半島で撮ったもの。吹きっさらしの厳しい環境なので、キツネの表情も多少情けない哀愁が漂っています。。。

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 でも、個体によってはやはりかなりつり目。厳しい目付きでこちらを睨んだり・・・(@_@)

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 ところが、中には笑っているような表情を見せるものも・・・(^_^;)

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 こちらを睨んでいるんですが、目がまん丸。。。

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 というわけで、すべてのキツネが決してつり目なのではなく、なかなか個性的であることが判りました…(^^)v









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2018年3月 3日 (土)

野菜になりそこなった野草たち Wild plants that could not be vegetables

 3月です。草木が芽吹く時期です。山野に入ると、食べられる野草も目につきます。山菜として認識されているものも多いんですが、ここでは歴史上、一旦栽培されたものの、その後途絶えてしまい、今では野草となっている植物をご紹介します。。。

 ナズナです。通称ぺんぺん草。かつては冬季の貴重な野菜であり、その名残りなのか春の七草のひとつとして七草がゆに入っています。道端のちょっとした空き地や畑の脇など、あらゆるところに見られますが、もともと日本に分布していたものではなく、麦類の伝来とともに帰化したものと考えられています。。。

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 カラスノエンドウです。日本では使い道の無い植物にカラスという接頭語が使われることが多いですが、小ぶりながらなかなか美しいツートンカラーの花。この植物も至る所に見られます。古代の地中海地方などでは栽培植物だったらしいんですが、その後途絶えてしまい、今では雑草とみなされています。若芽や若いさやが食べられます。。。

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 カタクリです。「片栗粉」の語源で、かつてはこの植物の地下部からデンプンを取ったそうなんですが、すっかり少なくなり、今では天然記念物に指定されている地域もあります。若葉を茹でて食べることも可能です。ちなみに現代の片栗粉はジャガイモやサツマイモから作られます。。。

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